コラム「猫の手も借りたい」№150 矛盾

おかげ様で私の近隣のネコたちは「TNR」を続けた結果、効果があがり、最初からいた子たち4匹、その後加わった子たちが2-3匹、全部で6-7匹くらいにまで減って来た。
トラミもくーちゃんも、なっちゃんも、なんとか冬を越すことが出来た。
あれだけ具合が悪かったトラミだが、今は食欲も戻り、相変わらず頬を引っ掻くしぐさはあるものの普通に暮らしている。
今はフードに混ぜて与えている「サプリメント」を欠かさない。

私は近隣のノラネコたちを減らすことを目的とし、TNR(捕獲して、避妊去勢手術をし、地域に戻すこと)をした上で、その子たちの給餌(管理)を続けて来た。
この子たちに給餌をし、見守るだけではなく、この地域自体のネコの入れ替わりも管理(Management)して来た。
油断し、また子ネコが生まれてしまうと、この地域の絶対数が増えてしまうからである。

夜1回の給餌時に、時々近所の方にお声をかけられたりするので、この15年くらいのTNR+M(管理)活動 の話をさせていただくのだが、その時に私は「早くネコを減らしたかったので」と、申し上げる。
さて、そこでいつも自分の説明の「矛盾」を感じずにはいられない。

早くネコを減らしたい、と言いながら体調を崩したトラミには投薬をしたり、動物病院に入れたり、、、
くーちゃんにだって、東日本大震災の直後、前足を骨折した彼女の治療をした。
私の「早く減らしたい」という言葉には、「矛盾」があるわけである。

治療や投薬など、当の本人(ネコ)は望んじゃいない、これは間違いがないことだ。

しかし、治してやる術(すべ)を知っている私は、彼らが生き長らえる方に舵を切ってしまう、、、
そのまま何もしないで、彼らの自然な治癒力に任せるべきなのかも知れない。
それが自然であり、淘汰でもあろうと思う。
頭では理解しているが、どうしてもどうしても出来ない。

ネコはおのおの「命」を持っている。
小さい小さい命だが、生まれて来、この世に生を受けた瞬間から「懸命に」生きている。
その健気さに打たれたり、可愛いとも可哀想とも思い、手をかけてしまう私がいる。
そこが、この活動の難しいところで「矛盾」ともとれる行動を起こしてしまうのである。

まあ、もっとも TNR 自体が「地域に戻したあとはその個体を見守り、天寿を全うさせる」ともあるので、手をかけることがあっても良いのではなかろうか。

とは言うものの、いつもいつもこの矛盾の中に浸り、けっこうモガイている自分がいる。

数ヶ月前の2月頃から、未去勢のオスが数匹、近隣に姿を見せるようになった。
毎年、恋の季節には必ず数匹のオスが現れるが、私はいきなり給餌に踏み切ったりせず、しばらく様子を見ている。
結局は、またいなくなるので、元の場所に戻って行ってしまうようである。

ところが今年は1匹、前足をケガしたロングコートのオスがおり、迷った末にフードに抗生剤を混ぜて与えた。
また矛盾、やれやれ。

白いロングコート(毛)は、見る影もなく汚れ、大量の毛玉、ウラブれてボロボロに見え、悲しかった。
最初は警戒していた彼も、そのうち私を覚え、顔を見ると鳴くようになった。
一度は良くなったように見えたケガだったが1ヶ月後、見事に足は腫れあがりグローブのよう、歩けないほどになってしまった。
このままでは命にかかわる状態と判断し、捕獲器で保護、現在入院中である。
やれやれ

本人(ネコ)、絶対望んじゃいない。
また、ため息である。
まあ、元気で帰ってくれば、そのことは彼にとっても都合が悪いので、きっと忘れてくれる。
せっかくモガキながら助けた命、元気で帰って来い!

2018年4月 くどいけいこ