コラム「猫の手も借りたい」№108 昔話

image30先日、何ヶ所かあるうちの猫トイレの、上階の狭い通路の奥にある分を片付けた後、通路を戻った時にちょっとよろけた。よろけた先は「障子」で、桟ごとバリンと壊れた。もう、ずいぶん生きて来たけど初めてのことで苦笑してしまった。
うーん、トシかしら。

ボランティアに手を染めたのは、今から10数年前になるか。
07年に腎不全で亡くしたオスの猫「チャオ」。 病気が進むと食欲不振が目立つようになり、何を出してもこれはいや、それもいや、と首を横に振る(実際は振らない)。

私はなんとか食べさせようと、それこそインターネットで血眼で、食べそうなフードを探しに探し取り寄せたが、食べたり食べなかったり。
結果、大量にフードが余るようになってしまった。 私は、その手つかずのフードを近所のボランティアさんが餌をやっている、手術が済んでいる猫たちに運んでやることにした。

かなり前のことで今はその子たちは全部亡くなってしまったが、可愛い子たちばかりだった。
キジトラと三毛の3兄弟姉妹、オスは2匹だったので私は区別するために大小のそれぞれを「おっきいちゃん」「ちっちゃいちゃん」、そして妹を「みけちゃん」と呼んでいたが、三毛以外の2匹はなでさせてくれた。

他の子たちは記憶をたどれなくなってしまったが、全部で7~8匹の集まりで、いつも私を待っててくれた。
その中で1匹、一番小さなキジトラの男の子がおり、生後2ヶ月くらいだったか。 最初は彼は距離を置いていたが、途中から急に慕ってくれた。

ある日、いつも通りフードを配っている時に、サンダルの先から出ていた私の足の親指をいきなり「かじかじ」っとかじる子がいて、ふと目をやると彼だった。 可愛いおめめで見上げられ、胸がキュンとなった。特に仔猫は可愛らしいものだ。
そうこうしているうちに、彼は「くしゃんくしゃん」とくしゃみを始め、風邪を引いているのが分かった。
なんとかしてやれないもんかと思ったけど、当時の私にはなにもしてやれなかった。

そのうち、彼の姿が見えなくなり心配していたらば、ボランティアさんから死んでしまったことを知り、愕然とした。

私にはこのことがずっと心に引っ掛かり、今でも胸が痛む。可愛い可愛い子だった。
あそこでなんで救ってやれなかったのか・・・ こんな思いは二度としたくないと、ボランティアとしての道に踏み出したのであった。

もう、ずいぶんと昔のことだ。

 

2016年1月 くどいけいこmachi_beret - コピー