コラム「猫の手も借りたい」№90 九ちゃん 下
さて、ヒゲちゃんのポスターを貼って母子の様子を見ながら、連絡を待っていた矢先のことだ。
その日も仕事帰りに母子に給餌していたら、自転車に乗って表れた女性が、私を見るなり「あなたがやってくれているなら、私はいいわね」と言いながら立ち去ろうとされた。
ちょっと待って下さい~、と引き留め事情を伺うことにした。
その方は個人で猫のボランティアをさているSさんで、私より前からこの母子には給餌をしているということであった。職場の近くの猫たちにももちろん避妊・去勢手術をした上で給餌しているともおっしゃっていた。
Sさんはご自宅の庭に現れるタヌキのために、好物の食パンを与えておりこの食パンがスーパーでダンピングされる時間に毎日自転車でここに来るそうで、そうしたらばこの母子に会い、私にも出会ったとのこと、「良かった、あなたに託すわ」とのこと。いやいや、それはみんな誰しも同じ気持ち。誰もが他の人がやってくれるもんなら、自分は手を引きたいと思っているんだから。
ひとりの力より二人、三人と人数がいれば輪も広がり、助けられる命も増えるというもの。
Sさんと相談をし、給餌は私が行うことになり、仔猫の里親さん探しは一緒に頑張る。その後はSさんが母猫の避妊手術をして下さる、ということで落ち着いた。ヤレヤレ、良かった。
ポスターの効果は残念ながらゼロで、どなたからも連絡がなかった。どうしたものか、と途方にくれていた。早めに保護もしないと馴れなくなるが、ちょうど保護先の当てがなかった。
そしたら、思わぬところから助け船はやって来た。
私の近所のボランティアさんから「生後2~3ヶ月くらいの仔猫がいないかしら?」と電話が入った。
話を訊いてみると、朝、川土手を散歩していた時に知り合ったTさんご夫妻が、17歳まで愛しんだ猫ちゃんを亡くしその猫ちゃんが忘れられずにいたが、ようやくその悲しみも癒え、次の猫ちゃんを迎える気持になった、とのこと。
私は、願ってもない話だが、現在こんな状態で1匹「ヒゲちゃん」がいるんだけどどうだろう。もし、トライアル(お試し飼育)をしていただけるなら、保護して動物病院の診察を受けさせますよ、とお返事した。そう、仔猫はまだ屋外に居るのだ。
先方のご夫妻は、猫の扱いには慣れているので、こちらに連れて来ていただければ掛かり付けの動物病院にも連れて行くし、馴らしもしますよ、とのこと。
そ、そ、そんな~、お言葉に甘えて良いものかとTさんご夫妻にお会いしたところ、なんともはや素敵なご夫妻で、少しでも外猫ちゃんの保護にご協力が出来れば、と買って出て下さったのである。
本当にありがたい。
そうは言ったもののはてさて、ヒゲちゃんうまく保護出来るもんかしら、と心配が頭をよぎった。
亡くなったきょうだいたちの分まで生きて欲しいから、ヒゲちゃん、ここから抜け出そうよ!
キャリーケースで保護に臨んだので、捕獲器に比べるとドッキドキであるが、なんと運良く保護出来てその足でご夫妻にお渡し出来た。
ご夫妻にヒゲちゃんをお渡し出来たのが九月九日で、ヒゲちゃんの名前は「九(きゅう)ちゃん」になった。
九ちゃんは病院の診察も受け(ノミ、回虫がいました)、おうちの猫ちゃんになったが、イキナリだったからご夫妻は手こずられたようである。これは後日談であるが。
まず、九ちゃんは大きめのケージに入れていただいた。これで幾分落ち着いたようだが、ケージから出るとあちらこちらに隠れてしまう。これにはご夫妻も本当にご苦労なさったようだ。
ご夫妻は、九ちゃんが隠れてしまう場所をすべて塞いで、隠れられないようにして馴らして下さった。
その結果、1ヶ月ちょっとで九ちゃんは見事にご夫妻に馴れてくれた。
ケージをご返却いただく時に「正直諦めようかと思ったこともあったが、今の様子を見て下さい、本当に可愛いうちの子です」とおっしゃって下さった。
年賀状をいただく度に愛らしい九ちゃんの写真を載せて下さり、「ビロードのような毛並みが見事な猫になりました」などと、こちらの涙腺を刺激して下さる。
九ちゃん、良かったね、素敵なご夫妻に恵まれて。
母猫はその後、Sさんと避妊手術をし地域猫となった。
最後に私が悩んだことは、スーパーの掲示板での報告である。当初は「ラッキーなケース」として掲示を考えていたが、ボランティアのスタッフとも相談して掲示は見送った。
なぜならば、この母子に関わっていた方たちが「経緯」を知って、九ちゃんはたまたま運良く里親さんが見つかったが、それをレアなケースと捉えず、簡単に里親さんが見つかるなら、「最初から自分は、仔猫には関わらなくとも大丈夫」と思われる方もいらっしゃるのでは、という懸念からである。
Tさんご夫妻やボランティアさんがいらしたからこそ解決を見たのであり、そこを誤解して欲しくなかった。
「私も一緒に」と協力して下さる方がいらっしゃらないと、この活動は広がりを見せないし、何より不幸な猫を救うことは難しい。
小さいものを、弱いものを愛でる心は大切にしたい。
ヒゲ模様の九ちゃんだが、お譲ちゃんであった。