コラム「猫の手も借りたい」№62 猫の宿命 下

「脳炎」を発症した、うちのタマ。MRIの結果、脳の「延髄(えんずい)」という場所に小さな炎症があるという。この炎症の範囲がもう少し広ければ、もっともっと大変なことになるとのこと。その状況を踏まえ大学病院と連絡を取り合いながら、自宅近くの動物病院(ホームドクター)にて治療が始まった。
投薬は「ステロイド」を中心に、かなりの量を飲むことに。

タマは、小さな赤ん坊のように「首が座らない」状態。首が常にゆらゆらとグラインドしている。だから背中を舐めようとしたりしてちょっとでも振り返ると、そのまま後ろにゴロンと倒れてしまう。床から50センチの高さのソファーに上がれない。

階段は危険なので閉鎖し、私は上階の寝室から布団を降ろしワンフロアでの生活を余儀なくされた。元々そう広くはない家なので、布団は玄関を開けると丸見えになってしまう。しかし彼女が二次元でしか動けないのだからどうしようもない。
そんなタマだったが、食欲は旺盛。もっともステロイドの副作用で食欲が出ることがあるので、それもあると思われた。

なかなか歩くことが出来ないタマ。心配で気が気ではなかった。テレビを見る気もなく録画した同じアニメを繰り返し流し続けた。主人公が逆境に打ち勝つ内容で勇気づけられたからだ。

それでもタマは、少しずつ回復していった。確かに普段通りの動きが出来ないもどかしさはあるようだったが、室内で落ち着いているタマを見ているとほっとした。生命力の強い子だ。

心配された命の危機もなんとか脱し、1ヵ月でソファーを制し、更に1ヵ月で出窓を制した。その後1ヵ月で階段の上がり降りが出来るようになり、私の布団も上階の寝室に戻った。やれやれである。

余談だが、タマは階段は上がれるが降りれなかった。猫は基本的に「後ずさり」が出来ない。階段も頭からは降りられない状況で、お尻からゆっくり後ずさりであれば降りれたと思うが、猫はそれが出来ない動物であった。

しかしその後も、最初ほど重篤ではなかったが、眼球が左右に揺れる「眼球振盪(シントウ)」などの症状が現れ、その度に私の布団は階下に降ろされたし、ステロイドも薬量がリバウンドした。

だが、それでも少しずつだが改善され、数年かかったが普通の生活が出来るまでに回復した。主治医・看護師・大学病院の方々には本当に感謝している。

現在もステロイドを飲みながらの生活、そんなタマも高齢になって「宿命」の腎不全を発症し、皮下輸液を自宅で行いながらだが、今は元気で暮らしている。

話がそれた。腎不全に戻そう。

「皮下輸液」は、慢性腎不全を発症し脱水症状のある個体に、生理食塩水やリンゲル液などを注射し進行を妨げる治療法で、この治療を行うか行わないかで、猫の寿命はけっこう違ったものになるのではないかと思う。

この治療は、チャオ(♂ 享年16歳)の時に3年間毎日行ったので、タマにも私が自宅で行っている。

頻繁な通院、病院での診察や順番待ちは、飼い主にも動物にも負担になることが多い。だから、自宅で行える場合は、自分で針を刺さなくてはならないが良い方法と思う。まあしかし、注射を喜んでさせてくれるような猫はいないから、やはり大変である。

私はチャオの時、この治療に踏み切るのに非常に悩んだ。そもそも完治はしないのだし、チャオの肉体的、精神的負担を考えたからである。だが、病院の診察台でドクターからこの治療を受けるチャオを見て、これは受けさせてみよう、と思うに至った。チャオは意外と平気だったから。もちろん好んで治療を受けることはないが、鳴いたり逃げようとしたりしたことはなく、治療後は確実に食が進んだ。

その後は自宅で私が皮下注射を行ったが、よほど悪くなるまでの約3年間、普通に生活をしていた。私にとってもチャオにとっても、この3年という期間は非常に大きなものであったと思っている。

 

2013年6月 くどいけいこ